竹取物語伝承地
かぐや姫(竹取物語)の伝承地
全国で竹取物語に関する場所は、以下のとうり八市町ある。
静岡県富士市、京田辺、京都府向日市、香川県長尾町、岡山県真備町
広島県竹原市、鹿児島県宮之城市、奈良県広陵町
平安時代に作られた日本最古の物語で作者不詳であるが
竹取の翁や、かぐや姫に求婚した貴公子の名は、実在する
人物であり、当時都のあった飛鳥に近い奈良県広陵町が
竹取物語の有力な場所であることに疑う余地はない。
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讃岐神社と竹取翁
「今は昔竹の翁というものあり・・・・・」で始まる「竹取物語」(平安時代
作者不詳)に登場する竹取翁の出身部族である讃岐氏は、持統ー文武
朝廷に竹細工を献上するため、讃岐国(香川県)氏族インベ氏が大和
国広瀬郡散吉(さぬき)郷に移り住んだものとしている。翁の讃岐姓は、
「和名抄」の大和国広瀬郡に散吉郷(さぬき)があり「大和志」では「散吉郷
廃存済恩寺村」として、現在の北葛城郡広陵町三吉の済恩寺集落付近に比定している、又この付近に「藪口」「竹ケ原」という地名があり、真竹孟宗竹等の竹林が多数残っている。
三吉の北部には讃岐神社が鎮座し「延喜式」神名上、広瀬郡の讃岐神社がこれに当たるとされる。「竹取物語」の舞台が大和国であったことはかぐや姫の求婚者であった五人の貴公子の名が持統末期から文武朝初期にかけて朝廷の中心にいた五人の実在の人物に比定されることも符号する。
済恩寺集落
かぐや姫への求婚者五人の名は、「壬申の乱に関係する人物だった」
石作皇子(いしつくりのみこ)
丹比真人島(たじひのまひとしま)
車持皇子(くらもちのみこ)
藤原不比等
右大臣安部御主人(あべのみうし)
大納言大伴御行(おおとものみゆき)
中納言石上麻呂足(いそのかみまろたり)
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コメント
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投稿: 石垣眞人 | 2008.09.27 14:46
私は広陵町三吉(斉音寺区)の住人です。
竹取物語伝承地の記事で、讃岐神社のご紹介ありがとうございました。
早速ですが記事の中に掲載されています写真に一部間違いがありますので連絡いたします。
何種類かの写真の中にある済恩寺集落(斉音寺、斎音寺、才音寺とも書きます)の写真ですが、写っているこれらの家は赤部区領の家で、斉音寺区(特に中心)は写真の反対側(背中側、東側)になります。
本文の中にある住所“北葛城郡広陵町三吉”は明治時代に赤部村、大垣内村、斉音寺村が合併して今の住所になったそうですが、三吉となった現在でも旧地名が区となって残っていて、各区には区長がいますし、また、老人クラブ、婦人会、自警団なども各区ごとにあります。さらに、町民体育大会などの町主催のイベントでも別の区として参加しています。
この讃岐神社あたりは現在の赤部区、斉音寺区の領地が入り組んでいてこの地に住んでいる私でもややこしい地域です。
広陵町史によりますと讃岐神社の本堂は赤部区領になっていますが、斉音寺区内の人は“西の 宮さん”と呼んでいます。ちなみに境内にある池は斉音寺領の下池があり、讃岐神社の北隣にある巣山古墳は斉音寺領です。
せっかく掲載していただいたのにけちをつけて申し訳ございません。
広陵町にはここ以外にも百済寺三重塔などの古い社寺や古墳など数多くあり、先日終わりましたが中秋の名月の頃に催されるかぐや姫まつりなどのイベントもあります。また、ぜひいらして下さい。
投稿: 讃岐神社近くの住人 | 2008.09.25 15:45